博物館に着いた姫乃さんは、うきうきと見てわかるほどにはしゃいでいる。
「常設展も好きだけど今は特別展がやってて、見に来たかったの」
嬉しそうな顔。そんな無邪気に笑うんだな。
しかしデートに博物館チョイスとは、なかなかに趣味全開。姫乃さんのイメージとはかけ離れていて、意外な一面に驚くばかり。
「姫乃さん、面白すぎる」
「えっ、また何か間違えた?」
「間違ってないですよ。正解はないけど、行きたいところ、水族館とか遊園地とか言うかと思ったのに、デートで博物館って。渋いよね」
「はっ! でも、デートしたことないからわからなくて……」
ああでもない、こうでもないとブツブツ呟いているが、聞き捨てならないことを聞いた。デートしたことない? は?
「ちょっと待って。嘘でしょ?」
「何が?」
「姫乃さん、デートしたことないの?」
「そうだよ。だから練習したいんだってば。もう、これ以上辱しめないでっ」
顔を真っ赤にした姫乃さんは、俺の背を押して特別展の入口まで行く。相当恥ずかしかったらしく、なかなかこちらを見てくれない。
練習……練習、ね。
デートの練習か。なんだよ、デートの練習って。
だけどそれなら、とことんデートを楽しんでやろうじゃないか。
「じゃあ姫乃さん、デートなんだから俺のことは名前で呼んでよ」
「ええっ!」
「彼氏のこと名字で呼ぶ? 呼ばないよね?」
まあ、俺は練習のための彼氏ですけども。
姫乃さんは顔を真っ赤にしながらも上目遣いになり、小さな声で「樹くん」と言った。
やばっ。可愛っ。なんだこれ。
落ち着け、俺。
「はい、よくできました。じゃあ行きましょう」
自分の動揺を悟られないように、さっさと会場へ入った。
びっくりするほどドキドキしている。名前で呼ばれるのって、いい。